REAP // SOW

因果は巡る。

認知されるということ

唯のファンを名乗る前、実はある一人の人物からガチ認知をもらってたことがありました。その相手はとあるヴィジュアル系バンドマン。

勘違いされたくないから予め言っておくと、認知されたいがために通ってたわけじゃなく、あくまで純粋に奏でる音や思想に浸っていたかっただけなんです。でもバンドの規模がドマイナーだったんで何度も何度も足を運んでるうちに自然と顔を憶えられ(当時通ってた男が知る限り数人だけだったのもある)、律儀に送ってた感想メッセを通じて名前も把握されてたはず。ちなみに接触イベントには一度も参加したことはなく、それより断然ライブ派でした。

 

これだけならいわゆる「ライブ認知」ってやつですね。あるある話。

しかしたのしい時間はそう長くは続かないもので、ある時そのバンドの思想に共感できなくなってしまった事件があり、熱が一瞬にしてすごい冷めたことがあった。

実際問題それだけが理由ってわけじゃないんだけど、その頃ちょうど他のバンドで気分転換したいと思ってたこともあり、そのまま何食わぬ顔で鞍替えすることもできたのになぜか自分は大真面目に「上がります」(ファン辞めます)的なブログ記事をひっそり投下したわけ。傍から見たらただの構ってちゃんなメンヘラ野郎に思われたかもしれないけど一旦区切りをつけたかった。

 

そしたらその更新後しばらくして顔見知り程度の認知だと思ってたメンバーから直々に反応が来るのみならず、なんとその記事を本垢リツイートまでされ、おいおいどうなってるんだ!?と。自分はありふれたバンギャ男の一人に過ぎないんだぞ?と。

当然今までこんなダイレクトすぎる意志表示は経験なんてなかったからめっちゃくちゃ驚いたし焦ったし、まさか記事を読んでもらってるとは毛頭考えてなくて哀しませてしまったのも悪いと思ったし、頭働かせて文章読まない人口の多さに絶望もした。

あの時は頭が混乱しちゃって強気に言えなかったんですが、通う・通わないの選択は自由に選ばせてほしかったのが本音。

 

それからというもの「認知される」ってなんか窮屈だなと感じた。

誰にも迷惑をかけない気持ちの良い手段で推しから顔や名前を憶えてくれるのって嬉しい反面、もしその人に興味関心が尽きてしまった際、薄情になれるのかどうか(自分は絶対無理)。認知されてるからこそ義務感も出始めるし、周りのファンにマウント取りがちだし、やっぱ想像以上に認知されることってあらゆる枷が付いて重い。

アパレルショップのスタッフさんに認知されると気軽に行きづらいあの感覚もある。

 

そんな今現在はあちこち転々としながらバンドノリの名残でステージとフロアとの(レス厨とはまた違う)「レス合戦」に重きを置いて慎ましやかにライブをたのしんでるわけなんですが、やっぱこれくらいの距離感が一番良いよ。幸福度が高い。

EBiDANの場合だと直接的なレスを飛ばしてくれる人は稀だけど嬉しいことに視線レスをくれるメンバーは結構いて、そのたびに内心沸いてるようなちょろいヤツ。中には詳しく書けないピンポイントなレスも当然あるわけで、そういうのはお互いの胸の内に秘めておくか、名前を伏せるのがスマートだと思ってます。私信も右に同じく。

これからもこの応援スタンスは変わらないままでいたい。