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REAP // SOW

適当に音楽とエンタメを楽しんでます。

酷評するのが生きがいな怪物

記録(雑記)

ネットの海を漂っていたら納得できた記事を発見。

aozoraeiga.blog.so-net.ne.jp

 

良い・悪いをハッキリ分けた「批判」は役に立つ。

例えば「ここは面白かったのに、ラストの展開が雑だった」「こうすればまとまってた」みたいな、推考できる余地がどっかにあるようなやつ。

 

けれども、踏み込みすぎた「非難」って自分は好きになれない。

 

参考のために自称批判サイトを巡ってると十中八九、作品そのものを飛び越え、つくり手や演者に矛先を向けた誹謗中傷がすぎる発言をよく見かける。

 

ボロクソにこき下ろすだけとか。

天界目線から語ってるのとか。

粗探しばっかりしてるのとか。

作品をちゃんと観たのか疑わしい勘違いもあったり。

 

まぁそういうのって見るのも疲れるからそっ閉じ安定ですが。

 

 

かく言う当ブログは私的な感情を含んだ「感想」記事しか書いてないので、当たり前のように肯定ばかりしてるんだけど、なんでもイエスマンなのはムズムズするから思うところがあればドストレートに書きたくなるときも正直ある。

 

でもそうしないのは、単純に自分がするべき発言じゃないと思ってるから。

 

それって映画に限らず、評価される対象すべてに言えることで、いくらお金と時間をかけようとも、そのファンの中で偉い存在になれたとしても、「上に立つ権利」って絶対に得られない。

ってことに気づいた瞬間、身分を弁えた発言しかできなくなった。

仮に批判をしたとしてもすごくすごく遠回しにしてる。

なんていうか、それがフツーなんだと悟った。

 

 

全員に理解されなくてもいいけど、読者の大半が不快になる批評は批評じゃない。

 

その辺り弁えて物申せる人って希少だし大変勉強になる。